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忘れられない「ありがとう」

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 この記事は、きのう書いた【しあわせな言葉の「ありがとう」】につながっている記事です。わたしが「ありがとう」と、言ってもらって感動したエピソードです。

義母が言ってくれた「ありがとう」

 

平成27年の1月、義母から次女に成人祝いが届きました。

 

次女はお礼の電話をかけて学校のことや兄や姉のことを話し、久しぶりの会話を楽しんでいました。わたしたちが暮らしているのは大阪で、義母が暮らしているのは九州なのでめったに会えません。なので、電話はかけても、かかってきても、その日そこにいる家族全員が受話器を持つことになっています。

 

その日の電話は、わたしが最後でした。

 

受話器を受け取ると、聞こえてきたのは義母の涙声でした。

 

「Pagoさん、ありがとう。3人も産んで育ててくれて、ありがとう。みんな、いい子に育ったね。本当にありがとう…」

 

声をつまらせながら、何度も「ありがとう」を言ってくれました。

 

義母の孫は、我が家の3人を含めて5人います。その5人の中で次女は一番の年少です。一番のおちびさんだった孫が成人式を迎えたことに、感極まるものがあったのかもしれません。

 

わたしは、義母の「ありがとう」に感動しました。お姑さんから「産んで育ててくれてありがとう」と言ってもらえるお嫁さんは、世の中に、それほどいないと思います。なので、わたしはなんて恵まれていて、しあわせ者なのだろうと感動したのです。

 

そして「ありがとう」と、わたしに言ってくれたのですが、義母は、きっと、もっと、大きな見えないものに対して「ありがとう」を言ったのだとも思いました。

 

義母は、遠い昔に生まれて間もない赤ちゃんを亡くしているんです。一緒に過ごせたのは数日だけでした。主人が生まれる数年前のことです。

 

一緒にでかけた先々で、義母はお地蔵さんを見かけるたびに手を合わせ「小さいあの子が生きていたらねぇ」と、寂しそうにつぶやいていました。母親は何十年の月日が経っても亡くした子を思い、生きていたら何歳になったと数えるものなんですね。

 

義母は、生かされることは、当たり前でないと痛いほどに知っているから、おしまいの孫である次女も、ちゃんと大人(成人式を迎えられた)になれたことに「ありがとう」を思ったのです。そして、その「ありがとう」は、わたしの忘れられない「ありがとう」になりました。

 

そんな義母が、来月で90歳になります。

 

90年前に、義母を生んでくれた人がいたのだな…。ふと、そんなことも心に浮かんだ今日でした。繋がっていく命の不思議さと奇跡に、ただただ感謝するしかありません。

 

今日も最後まで、読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございました。。。♪