Pagoの部屋

ようこそPagoの部屋へ。管理人は、とっくに3人の子育てを終えたアラフィフ主婦です。大好きな絵本や食べること、そして心に沁みたことなどを記事にして綴っています。

猫のしあわせ・犬のしあわせ

『悲しみの底で猫が教えてくれた大切なこと』と『孤独の果てで犬が教えてくれた大切なこと』は、瀧森古都(たきもり こと)さんの著書です。最近、この2冊を続けて読みました。

 

『悲しみの底で猫が教えてくれた大切なこと』

悲しみの底で猫が教えてくれた大切なこと

ネコは、ごはんを何日食べなければ死にますか?」

 

とあるパチンコ店の前に置かれている一冊の「里親探しノート」に、そんな奇妙なことが書かれてあった。ただ何となく生きている店員の五郎。現実逃避している常連客たち……。この一冊のノートにより、それぞれの運命の歯車が動き出し、生きる意味と向き合うことになる。

 

                    表紙カバー折り込み部分より

 

『孤独の果てで犬が教えてくれた大切なこと』

孤独の果てで犬が教えてくれた大切なこと

「俺と一緒に、あの犬を誘拐しない?」

 

家族の温かみを知らずに育った11歳の少年、宏夢は、移動図書館の館長をしているミツさんに、そんな提案をした。せまい物置の中で飼われている犬を救うべく、誘拐を計画する二人。

犬にとって、本当の幸せとは?

僕らにとって、本当の居場所とは?

移動図書館を通じ、様々な人や事件と遭遇する11歳の少年と54歳の中年。それぞれの運命と向き合い生きる意味を考えることとなる。

 

                      表紙カバー折り込み部分より 

 『孤独の果てで犬が教えてくれた大切なこと』は『悲しみの底で猫が教えてくれた大切なこと』の後に出版された作品です。おなじ登場人物が出てきますが続編といわけでもありません。あとがきで著者の瀧森古都さんも書かれていますが、どちらを先に読んでも楽しめるストーリーになっています。

 

瀧森古都さんは、1974年生まれで作家やコピーライターとして活躍されています。また放送作家として『奇跡体験! アンビリバボ―』など様々な番組の企画・構成・脚本も手掛けておられます。そして、ペット看護師、ペットセラピストの資格も保持しており五匹の猫と暮らしているとのこと。(2015年時点)作品にもにじみ出ているのですが、ほんとうに生きものが好きな方なんだなと感じました。

 

2冊それぞれの表紙に「この物語はすごい!」読んだ人の9割が涙した…。と書いてあり、号泣された方もいるようですが、わたしはちょっとうるうるしただけで涙はこぼれませんでした。わたしって自分が思っている以上にドライなのかしら…とちょっぴりショックをうけました…。いえいえ、そこはショックを受けるところではありませんね。。。

 

涙した9割の中には入れなかったんですけど、捨てられたり大切にしてもらえないペットたちのことは考えました。せっかく生まれてきたのにガス室で殺処分されてしまう命やその作業をしなければならない人の苦悩にも心は痛みました。

 

子どものころ、わたしの近所では捨て犬が多くいました。成犬はあまり記憶にないのですが、子犬が数匹まとめて捨てられていることは多々ありました。捨てられただけではなく野良犬が生んだ子犬たちだったかもしれません。

 

あるとき、そんな子犬の4匹に出会いました。まだ、あちこち活発に動き回ることのできない赤ちゃん犬でした。舗装されていない道路から一段下がった短い草むらでクンクンとか細く鳴いていました。山へ向かう道で、辺りは田畑ばかり。人通りはほとんどありません。両親に頼んでみても却下され4匹の子犬はもちろんのころ1匹の子犬すら、連れて帰ることはできませんでした。

 

同じ登校班の近所の友だちに子犬のことを話してみても、誰も関心を持ちません。わたしは、その土地に引っ越してきたばかりだったから知らなかっただけで、子犬が捨てられていることなんて珍しいことじゃなかったんですね。翌日も、子犬は同じ場所にいました。みんな座ったまま目を閉じていました。順番になでてやるとうっすら目を開けました。

 

「元気がないね」「お腹がすいているのかも」と、小学2年生のわたしと幼稚園の妹は家に戻り、母にみつからないように牛乳やパンを持ち出しました。子犬たちは、指先につけた牛乳をなめるのがやっとで、牛乳にひたしたパンを食べられる子は1匹だけでした。

 

翌日も学校が終わってからその場所へ行くと、子犬たちは同じ場所にいました。だけど悲しいことに3匹は横たわって冷たくなっていました。生きていたのは前日に牛乳にひたしたパンを食べることができた子だけでした。季節は秋で、朝晩は冷え込んでいたのでしょう。当時は、そんなことも想像できませんでした。

 

わたしと妹は、生きている子を守りたくて草地の向かい側にあった材木置き場に連れていきました。鉄条網を張り巡らせている材木置き場は子どもが入ってはいけない場所ですが、積み上げた板の陰のほうが雨風もしのげると考えたのです。何よりも、死んでしまった兄弟たちのそばから離してやりたかったのです。死んでしまった3匹のお墓を作った記憶はありません。ひどいですよね。。。

 

その日から、わたしと妹は毎日材木置き場に、食べ物や牛乳を運びました。そんなことが永遠に続けられるわけがないことを当時のわたしは分からなかったんです。 ある日、子犬のもとへ行ったとき、子犬はアルマイトのお弁当箱のふたに顔を突っ込んで白いごはんを食べていました。その光景に「誰が?」と、わたしは固まりました。妹は、その日のことを覚えてもいないらしいのですが、わたしの胸は悪いことが見つかったかのように、ばくばくしていました。入ってはいけないところに入っているのだから、もちろん悪いことをしているのですが…。

 

ふいに「あんたらか、ここで犬を飼っていたのは」と、声がしました。鉄条網をくぐるときには人影に気づかなかったのですが、作業をしているおじさんがいたのです。積み上げた材木のかげから現れたおじさんは、わたしたちを叱りはしませんでした。おじさんは、子犬のそばに来るとしゃがみ込み子犬の背中をなでました。そして、静かにこう言ったんです。「飼ってやれないなら死なせてやれ」と。

 

7歳のわたしに、おじさんの言っている言葉の真意をその時は、わからなかったと思います。いえ、わからなかったはずです。ただ、そのセリフだけが脳裏にはりついてしまったんです。たぶん一語一句そのままだと思います。そして、おじさんは「この子犬は俺が連れて帰るから、ここへは絶対に入ってはいけない」と、わたしに約束させました。

 

おじさんの顔や声はすぐに忘れましたが、おじさんの「飼ってやれないなら死なせてやれ」と言ったセリフだけは色あせず、時折々に思い出します。もう50年近くも経っているのに、です。この耳で聞いた時には理解できなかったその言葉の深さも、高学年になるころには、おおよそ理解できるようになっていました。そして、あの時をかぎりに、秘密で子犬を飼うようなことはしませんでした。

 

飼い主のいない子犬に牛乳やパンを運ぶなんてことは単なる自己満足で、子犬のかわいらしさに酔って遊びの一環にしていたにすぎなかったのです。守ってあげているつもりで、実際は残酷なことをしていたのです。そう、気づけたのはうんと大人になってからでした。

 

秘密で子犬を飼うことは二度と繰り返さなかったけれど、心のすみっこで、いつか大人になってお金持ちになったら、広い土地を買って犬小屋をいっぱい作って捨て犬をみんな拾って育ててあげたい…と、自分が子どもであることを悔しく思っていました。今、思い返せば、なんて非現実的なことを思っていたのだろうなと苦笑してしまいます。

 

瀧森古都さんの著書に出会い、久しぶりに材木置き場で出会ったおじさんのセリフを思い出し、この記事を書きました。野良猫も野良犬も、里親を探している猫も犬も、たとえ1匹ですら飼ってやれない今のわたしが言えることではないけれど、人も犬も猫もしあわせだったらいいのにな…。そんな風に少しだけ胸が痛んでいます。