Pagoの部屋

ようこそPagoの部屋へ。管理人は、とっくに3人の子育てを終えたアラフィフ主婦です。大好きな絵本や食べること、そして心に沁みたことなどを記事にして綴っています。

日記を書くのが楽しくなる

ある本を読んでいるのですが、ほおほおと、首を縦にふることが書いてありました。ついつい3日坊主になりがちな日記のことです。日記を続けるコツに「魔法の一文」があると言うのです。

 

わたしのこれまでにおいても、途中で投げ出してしまった日記帳は、数知れず……。最初の頃は、挫折したことに少し胸を痛めるのですが、日が経てば忘れてしまいます。新しい日記帳を買ったときには小さなときめきを感じたはずなのに、やがて何を書いたらいいのかと思案するようになり、さぼりがちになり、気が付いたら止めているんですよね。。。

 

ブログにも当てはまるかと思うのですが、書くことが思い浮かばない時は、一行目の書き出しから、すでに煮詰まってしまいます。日記もブログも、絶対に書かなければならないものではありません。だけど、一旦、書き続けようと決心して始めたことだから、書かないこと、書けないことに、小さな焦燥感を感じたりすることもあります。

 

そこで……。日記を書くのが楽しくなる「魔法の一文」です。

 

「今日もいい一日だった」

この書き出しに続く「何か」を考えればいいとのことです。本文より例を引用したいと思いますが、お若い方には、ちょっと当てはまらないですね。まあ、こんな感じなんだなと掴み取って下さい。

「今日もいい一日だった」に続けて、「買い物に行ったら、〇〇さんとバッタリ会った。私よりも年は上なのに、さっそうと歩いていて、元気をもらった気がする」とか、やはり「今日もいい一日だった」のあとに、「駅の手前の交差点で信号待ちをしていたら、✖✖さんに会った。聞けば、ゴルフだという。いつかお手合わせをしたいという話をした。そういえば、しばらくゴルフを楽しんでいないので、まずは練習場にでも行ってみよう」と続くかもしれません。

 

中略

 

 もし何も思いつかなかったとしても、極端な話、「今日は何もない一日だった。無事に過ごせてよかった。明日も何事もなく過ごせれば、きっといい日だろう」……これだけでもいいのです。

 

        『頭がいい人、悪い人の老後習慣』保坂隆:著 朝日新聞出版

          p47~〈日記を書くのが楽しくなる「魔法の一文」〉より

 

日記を書くということは、脳にとてもいいようですね。始めるのは「新年」や「誕生日」などの特別な日にこだわらず、思い立ったが吉日と、今日から始めてみませんか…とも記されていました。そして、できるだけ「いいことがら」を書くように…とも。

 

そうだろうな…と思います。文章にするために言葉を組み立てる作業は、確かに脳にいいですよね。忘れそうな漢字を使う機会にもなります。それに誰に見せることもない日記ですが、一日のおわりに、「いいことがら」を記して眠りに就いたら、いい明日に連鎖していきそうです。そのためにも「今日もいい一日だった」の書き出しに続く「いいことがら」をいくつも書けるよう、感動上手になれたらステキですね。

 

読んでいる本は、日記について…だったのですが、わたしは怠りがちな、このブログに重ねました。まずは、いい風が流れ込むように、心の窓をいっぱいに開けておこうと思います。そして「今日もいい一日だった」のような、あとに書きたいことが続いて行く、わたし用の「魔法の一文」を見つけたいなと思いました。 

 

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