Pagoの部屋

ようこそPagoの部屋へ。管理人は、とっくに3人の子育てを終えたアラフィフ主婦です。大好きな絵本や食べること、そして心に沁みたことなどを記事にして綴っています。

『本を守ろうとする猫の話』

この数日、不調でした。まだ8月も始まっていないのに、すでに食欲不振でバテていました。暑さのせいだけでなくわたし自身の課題に手を焼いて、ちょっぴり心も消耗していたのです。うまく表現できないのですが、心に魚の骨がひっかかり、ずっと取れないような不快感があったのです。しぼんでいく気力に風を送りこんで、眉間のしわをのばそうと「笑顔、笑顔」と自分を鼓舞していたのですが、なかなかで……。

 

そこで大好きな本でも読んで元気になろうと片っ端から開いてみたものの活字を読むのもおっくうで、休み休みですぐに閉じてしまってばかりいました。そんな中、ようやくいつも通りに読み進めることのできる本をみつけました。その作品が、夏川草介さん『本を守ろうとする猫の話』です。先ほど読み終えて、満たされた心で閉じることが出来ました。

 

本を守ろうとする猫の話

夏川草介さんは、お医者さまとして勤務するかたわら小説を書いています。シリーズ化された『神様のカルテ』がデビュー作で、ご存知の方も多いのではと思います。医師、栗原一止を主人公にした『神様のカルテ』のシリーズをわたしは3巻まで読みましたが、どれも深く感動しました。

 

地方医療に情熱をそそぐ主人公も、主人公をとりまく登場人物たちも皆、とても魅力的で人情味があります。悲しいシーンや切ないシーンもあるのですが、やさしさがいっぱいあふれていて、心があたたまるストーリーでした。

 

ページをめくる指をとめられないほどに、一気に読んだ本です。そして、命を、生きることを、本当のしあわせを、深く、しみじみと、考えさせてくれた本たちでした。『神様のカルテ』はベストセラーになり、嵐の櫻井翔さん主演で女優の宮崎あおいさんと共に映画化もされました。

 

そんな夏川草介さんの新しい著書が『本を守ろうとする猫の話』です。新しいと言っても2017年2月5日が初版第1刷発行なので、一年以上が過ぎています。次は、どんな作品が生み出されるのかと楽しみにしていたくせに一年以上も知らずにいたのです。どうやら、わたしの本探しのアンテナは、錆びついていたようです。

 

『本を守ろうとする猫の話』は、これまでの医療ものとは全く違う分野のファンタジーです。物語は高校生の林太郎が、たった一人の家族であった祖父を亡くしたシーンから始まります。本が好きな林太郎は背が低めで少し厚めのメガネをかけた男子です。色白で無口、運動神経は鈍くて格別得意な教科も好きなスポーツもありません。

 

幼い頃に両親は離婚をし、母が若くして他界したため祖父の家に引き取られていたのです。林太郎は祖父の葬儀を終え、祖父が残した古書店を整理した数日後には、遠い親戚にあたる叔母に引き取られることになっていました。叔母と言っても葬儀の場が初顔合わせ。そんな心もとない林太郎の前に現れるのがタイトルにもなっている不思議な猫なのです。

 

わくわくと待ちわびたシーン。「待ってました!」と、思わずこぶしに力が入った林太郎と猫の出会いを抜き出してみました。☟

「ひどく陰気な店だな」

そんな声が聞こえて、林太郎はぎょっとした。

振り返った戸口に、しかし人影はない。

「こうも陰気だと、せっかくの蔵書まで色褪せて見える」

声が聞こえたのは、むしろ店の奥である。慌てて首をめぐらせた林太郎が見つけたのは、人の姿ではない。一匹のトラネコであった。

 

   中略

 

猫のしなやかな尻尾が揺れたところで林太郎はつぶやいた。

「猫?」

「猫で悪いか」

猫が答えた。

間違いなく猫が「猫で悪いか」と答えた。

               『本を守ろうとする猫の話』小学館p17~18より

 

 

 このページで、この会話で、わたしの読書欲のスイッチが入りました。三度のごはんよりファンタージ―が、大好きなのです。。。あ、訂正、たぶんごはんのほうが好きかも。。。

 

は、さておいて、林太郎が出会った猫がどんな猫かと言うと、目は翡翠の色。それから黄と茶の混じった縞模様の、ややどっしりとした体格です。いわゆるチャトラと呼ばれる猫のようですがお腹と足は真っ白なふっさりとした毛におおわれた大柄な猫です。この言葉を話す猫は世の中のあらゆる本を守るために林太郎に力を貸せと半ば命令のように頼みごとをするために、林太郎の前に現れたのでした。

 

こうして祖父の死後、学校へも行かず引きこもっていた林太郎は、猫とともに不思議な世界へ奔走することになるのです。日を変え時を変え、第一の迷宮、第二の迷宮、第三の迷宮へと……。そのたびに林太郎は猫と共に本をとりまく問題に立ち向かい、愛する本を守るべく思考をめぐらせて敵なるものと対峙するのです。ひとつひとつの迷宮から帰還するたびに林太郎は心を成長させます。やがて数日が過ぎ叔母が林太郎を迎えに来るのですが、林太郎は叔母のもとへは行かず祖父の残した古書店を守って一人で生きていく道を選ぶのです。

 

はっきりとしたハッピーエンドではありません。問題は山積みで、何一つ解決はしていない。それでもとにかく、自分で選んだ地道な日常を自分の足で歩いていくのが今の林太郎のつとめなのである……。と作品の終盤に著者の言葉で書かれています。けれど明日を思えば光を感じるようなラストシーンです。

 

猫と林太郎の会話も洒落ているのですが林太郎の良き理解者である先輩、秋葉や手を差し伸べてくれるクラスメイト、沙夜との会話も絶妙でとても粋です。上手いな~なんて言えば失礼になりますが、その巧みな筆力や思考に感心してしまいます。『神様のカルテ』シリーズも同じことが言えるのですがストーリーだけでなく、登場人物たちの会話も魅力的な本として、わたしのおススメの一冊です。

 

つづいて作品の中で、わたし個人が感じ入った林太郎の台詞をふたつ書き写したいと思います。まずはひとつ目。

 

「本にはたくさんの人の思いが描かれています。苦しんでいる人、悲しんでいる人、喜んでいる人、笑っている人……。そういう人たちの物語や言葉に触れ、一緒になって感じることで、僕たちは自分以外の人の心を知ることができるんです。身近な人だけじゃなくて、全然違う世界を生きている人の心さえ、本を通して僕らは感じることができるようになるんです」

 続いてふたつ目。

人を傷つけてはいけない。弱い者いじめはいけないし、困っている人がいれば手を貸してあげなければいけない。そんなことは当たり前じゃないかと言うひとたちがいます。でも本当は当たり前じゃなくなっているんです。当たり前じゃないだけでなく”なぜか”と問う人たちさえいるんです。なぜ人を傷つけてはいけないか、わからない人たちがたくさんいるんです。そういう人たちに説明するのは簡単じゃありません。理屈じゃないんですから。でも本を読めばわかるんです。理屈で何かを語るよりずっと大切なこと、人は一人で生きているわけじゃないってことが、簡単にわかるんです」 

 「人を思う心」を教えてくれるのが本の力であるというの林太郎の信念に、わたしも賛同しました。本を読むことの大切さや本から与えられるものの素晴らしさ……。うんうんと、何度もうなずきました。それにしても、猫って本当に物語が似合う生き物だなと思います。特にファンタジーが。それに人の言葉を話したとしても、違和感なく受け入れやす生き物だなと……。もちろんわたしの主観なんですけども。。。

 

『本を守ろうとする猫』に登場する猫は誰の目にも見える猫ではありません。限られた人間にしか見えないのです。それから作者の夏川草介さんが文豪、夏目漱石を崇拝しているので、猫の話す口調や全体の文体も、ちょっと古風な印象を受けるかと思います。でも、それがまた、いい味になっています。

 

今夜は、ごはんをしっかり食べられそうだなと、元気を貰えた本でした。