Pagoの部屋

ようこそPagoの部屋へ。管理人は、とっくに3人の子育てを終えたアラフィフ主婦です。大好きな絵本や食べること、そして心に沁みたことなどを記事にして綴っています。

整える

気まぐれに起き抜けから本棚の整理をしました。最初は傾いている本を直したり、ついずぼらで横入れにしていた本を立てるくらいのつもりでした。けれど、ついで、ついでに本を並べ替えていると、「この本、たぶん読み返さないよね」と思うものが数冊ありました。

 

「たぶん読み返さないよね」は、これまでも思ってきたことだけど、もしかしたら読みたくなる日が来るかもと考えたり、誰かが(友人など)読みたいと言ったときに「わたし、その本もってるよ」と言ってみたくて残しておいた気がします。

 

だけど、もし読み返したくなったなら、その時に買いなおしたり借りたりすればいいのだと、本棚から抜き取ってみました。冊数は、23冊。BOOKOFFに持っていくか、誰かに貰ってもらうか……。本たちの行先を考えなくてはなりません。ガラス戸を閉めて眺めると本棚が少しスッキリして、いい感じになりました。

 

どんな本も「わたしの本」となれば、手放すときは少し寂しいです。なのでこの1年ほどは図書館利用ばかりで、本を購入することは控えています。どうしても新刊が読みたいときは買ったりもしますが、長く手元に置くことは、ほどんどありません。新刊は貰い手が多いですから。こんな風に本に対してドライになれたのは50代前後のことで、わりと最近のことなのです。

 

過去に大掛かりな本の断捨離をして、その喪失感に軽いうつ状態となり寝込んだことがあります。手放すときは、それほどの喪失感を感じるなんて想像できなかったのです。5年ほど前の話になります。数十年の月日を経て増え続けた本の数はかなりの量で、天井から床までの高さで壁一面に作りつけた本棚に収まりきらないほどありました。他の部屋に家具として置いてある本棚にも本は、詰まっていたのです。

 

そんな本の9割以上を手放したのです。

 

手放す決心をするまでは結構な時間が必要でした。でも、家族で暮らすこの家で、わたしの本がスペースを取りすぎていることは、ずっと気にはなっていたのです。

 

30年以上かけて読んできた本を、もしすべて読み返すなら、ざっくり考えても30年の日々が必要です。視力も年齢を重ね読書のスピードも読書量も衰えてきているのだから、読まない本は、場所をとるだけの紙の束なのだと自分に言い聞かせて。新しい本は、日々、発行されてもいるのだからと言い聞かせて。

 

本たちの姿が消えて、押し寄せてきた喪失感や悲しみは、今も思い出せば、かすかに心は疼きます。ほんの、かすか、ですけども。

 

5年ほど前の数か月は、あの本は…と思い出しては心が痛み涙ぐんでしまうことも多かったです。情けないことに娘のまえでもぽろぽろ涙をこぼしてしまうほどにです。それでも、流れる時間の「とき薬」とはありがたいもので、かつて持っていた本への執着は薄らぎ、ゆっくり心の痛みも癒されていきました。そして読み終わった本との別れに対する免疫もでき本との付き合い方も変わったように思います。

 

自分のものにしないこと。執着しないこと。手放すこと。どうしても思い入れのあるものだけを残すこと。やっと、狭いわが家での本との付き合い方がわかるようになりました。きっと、本に限らず形あるものに対しても……。

 

ここ数日、ぶり返した暑さに体調も心もバランスを崩していましたが、今朝はいくらか整ってきたような感じです。ゆるく読める本を、休み休み、まったりと読んで過ごしたこともありますが、傾いていた本たちを並べ替えたせいかもしれません。このあとは冷蔵庫の整理をして、食材を使い切る献立を考え、らにスッキリしたいなと、思ったりしています。

 

まったく、わたしごとだけの記事となりました。。。