Pagoの部屋

ようこそPagoの部屋へ。管理人は、とっくに3人の子育てを終えたアラフィフ主婦です。大好きな絵本や食べること、そして心に沁みたことなどを記事にして綴っています。

昼下がりの歩道とダチョウ倶楽部

 長女と母の見舞いに出かけた昨日は、少し肌寒い朝でした。なので薄手のコートを着て家を出ましたが、病院に着くころには気温が上がりコートのいらない暖かさになっていました。

 

母のいる病室でしばらく過ごしているうちに昼食の時間になったので、父と長女の三人で外へ食事に行きました。入院患者の食事は病院のスタッフの方が介助してくださるのです。

 

小さなレストランで昼食を終えたあと、父が先に会計をしようと席を立ちました。コートを着るのに手間取っていた長女とわたしのふたりは、あわてて父を追いました。

 

「待って、わたしが払う」と、わたしが言うと、すかさず長女も同じことを。いいからと遮る父は、レジの前で財布から5千円札を抜き出そうとしていました。

 

十数秒のあいだ、三人でダチョウ倶楽部のように自分が支払うのだと言いあいましたが、店の人を待たせていたので、長女にごちそうしてもらうことで落ち着かせました。父にしてみれば、孫にご馳走してもらうなんて初めてのこと。嬉しいような困ったような、複雑な顔をしていました。

 

病院へもどる帰り道、父の歩みが遅いことに気が付きました。病院を出たときは、食事処を探してきょろきょろしながら歩いていたので気付かなかったのです。父といえば、口は達者で、うんちくを語るのが好き。車は、やっと去年に手放してくれたけど、まだスーパーカブは乗り回している……。食欲旺盛で肌つやも良く背筋も伸びているから、あまり年齢を感じずにいました。

 

だけど昨日は、父の歩みに、足の歩幅に、身体の傾きに、老いを感じたのです。

 

病院周りはあまり開けておらずホカホカ弁当やコンビニくらいしかなく、食事処をさがすのに10分ほど歩きました。往復しても20分。そんなわずかな時間も父と一緒に歩いたのは、いつのことだったのか。

 

母が十数年前に病気を患ってからは、部屋の中を移動する父か、庭で草木を手入れをする父の動きを見るくらいで、わたしは、父の元気な部分しか見ずにいたのです。定期的に実家へ足を運び、親孝行のまねごとをして、日頃の母を看る父の大変さを分かっているつもりで分かっていませんでした。

 

81歳の父、76歳の病気の母……。老々介護です。

 

先週に母が入院してから昨日は、2度目の訪問でした。今週末も行く予定にしていますが頻繁に通うには厳しいものがあります。同じ大阪であっても、電車を乗り継ぎタクシーを利用して片道2時間。交通費だけでも一日に4千円ほど。わが家の家計の練り直しも考えなければなりません。

 

昨日は、ありがたいほどに暖かな日で、やわらかな風が心地よく吹いていました。お日さまにも風にも励まされているような気持ちになりました。長女とふたり足を止め、まったりとした父の歩みをながめながら、わたし自身に気合を入れなおしたのです。

 

夜、この日仕事だった次女に「おじいちゃんとおばあちゃん、どんな感じだった?」と

様子をたずねられました。そこで母の容態はさらり話し、三人で食べた昼食の支払いは、どうぞどうぞのダチョウ倶楽部みたいだったんだよと話しました。

 

すると思いもよらず「その場面を想像するだけで、しあわせな気持ちになるわ」と、次女。ほっこりするわを繰り返し目をうるませ大いに感動してくれました。孫がおじいちゃんにご馳走するって素敵やん……とのこと。次は自分がご馳走したいと、張り切っています。

 

なんとも。ダチョウ倶楽部を強調して、笑い上戸の次女を笑わせてやろうと思っていたのに、失敗でした。。。

 

でも、まあ、そんな天然な次女に感染して、ああ、そうなんだ。今日は、しあわせな日だったのかと、わたしもうなずき直したのです。そんな、そんな昨日でした。。。