楽しい気分になる花たば

学生時代、花屋でアルバイトをしていました。

 

わたしがアルバイトに少し慣れたころ、店長さんは花屋のはす向かいにあった喫茶店へ休憩に行くようになりました。花屋は市場での仕入れがあり朝も早く見た目よりハードな仕事です。店の奥に休憩室はありましたが、行きつけの喫茶店で美味しい珈琲を飲んでくつろぐ時間も必要だったのです。

 

「Pagoちゃん、何か困ったら呼びにきてや」

 

いつものようにそう言って、その日も店長さんは喫茶店へ行きました。

 

花屋がめちゃくちゃ忙しいのは母の日くらいで、普段は立て続けにお客さんが来ることは滅多にありません。ぱらりぱらりとした来客なので、1~2時間ならわたしひとりでも何とか対応できたのです。

 

店は角地にあったので2面が入り口になっていて、店内は自然の光で明るく、どの花もなおいっそう綺麗に見えました。そんな花たちのお世話をしていると、「こんにちは」と、ひとりのご婦人が来店されました。

 

「にぎやかで楽しい気分になる花たばを作ってほしいのだけど……」

 

それは、それまで一度も聞いたことのない注文でした。

 

お祝いの花たば、お見舞いの花たば、記念日の花たば……。花たばを買いに来るお客さんは、たいがいそのように注文します。そして金額や花の色や種類をお客さんと相談しながら、一本一本花を選び花たばを作っていくのです。

 

にぎやかで楽しい気分になる花たば……。聞きなれない注文に戸惑いましたが、どちらにしても、わたしは花たばを上手に作れません。バランスよく彩りよく花たばを作るには、結構な握力と熟練した技術とセンスが必要なのです。

 

「店長は向かいの喫茶店にいるので呼んできます。すみませんが少しお待ちいただけますか?」

 

わたしがそう言うと、それには答えずご婦人は唐突に「あなた、歳はいくつ?」と、聞いてきました。「19歳ですけど……?」そう答えたものの、なぜ年齢を聞かれたのかしらと、わたしはさらに戸惑ってしまいました。

 

それなのにご婦人は、「あなたに、花たばを作ってほしいわ」と、にっこり笑いました。

 

わたしは、いえいえと首をふり「まだアルバイトをはじめたばかりで花たばを作るのは下手なんです」と、断ったのですが、それでもいいとお願いされました。仕方なくわたしは、花たちをながめまわして花たばをイメージしながら最初のかすみ草に手を伸ばしました。

 

ピンクやオレンジ色のガーベラ、白いマーガレット、紫色のスイトピー、黄色いミニバラ……。ご婦人と相談しながら花を選び束ねていくのですが、握力が足りず花を決めた位置に固定しておくことができません。花を増やすごとにバランスが崩れてしまいます。

 

何度か練習で作ったことはあるのですが、わたしの作った花たばを買ってもらうのは初めてのこと。

 

冷や汗をかきながら花束を作るわたしをご婦人は、始終にこやかに見ていました。

 

「スイトピー、もう少しふやしますか?」

「ええ、お願い」

 

そんな会話の合間にぽつりぽつりと聞かせてくれた話は、バイクの事故で亡くなった息子さんが19歳だったこと。その日は月命日で、これからお墓に親不孝を叱りに行くということ。そして本人も悔しいだろうから、楽しい気分になる花束を持って行ってあげたいのだと…。

 

出来上がった花たばは、代金をいただくのは申し訳ないほどバランスを崩した、ごちゃごちゃとした花たばでした。それでもご婦人は「ありがとう」と、花たばの代金を支払って帰っていきました。

 

ご婦人……ずっと、にこにこしていたのです。涙ぐみもせず、しんみりとした顔もせず、ずっとにこにこしていたのです。だからわたしも心がギュッとしたものの、もらい泣きせずにご婦人を見送ったのです。

 

花屋でアルバイトをしたのは、ひとり暮らしをしていた一年ほど。大学の3回生になる春、弟と一緒に暮らすためわたしは引っ越しをすることになり花屋をやめました。学生が本業、花屋でアルバイトをする日は週に2回ほどと少なかったこともあり、そのご婦人とわたしが会ったのはその日だけでした。

 

そしてわたしは、そのまま、そのご婦人のことも、下手な花たばのことも、すっかり忘れてそれからの日々を過ごしたのです。何年も何年も…。

 

ところが20年近く前のこと。

 

ダンナの運転する車に乗っていたとき、一般道でバイクの事故現場を通りかかりました。バイクのライダーさんは足をおさえて道路のはしっこでうずくまり、少し離れところに横倒しになったままのバイクがありました。

 

その光景を見た瞬間に、思い出したのです。

 

3人の子の母になっていたわたしは、にこやかだったご婦人と、わたしが作った下手な花束を思い出して、こみあげてきた涙をあわててぬぐいました。娘だったとき、お花屋さんでギュッと感じた痛みより、もっともっと深い悲しみが胸の奥に広がっていたのです。

 

遠い遠い娘時代の、たった一日だけの、ほんのわずかな時間の記憶……。一旦は、忘れていたのに、こうやって今もときどき思い出すなんて、記憶とは不思議だなと思います。あのときのご婦人は、ご健在ならたぶんわたしの父か母ほどの年齢でしょう。お元気で穏やかに暮らされているといいなと願います。。。

 

 

ご訪問ありがとうございました。。。♪